2024年6月1日土曜日

kaninは今までもこれからもトランス差別に反対していますという話

 昨年8月の実店舗開店当初、店主©こと私、井元は、ソウル漢南洞にあるカフェ「ウルフソーシャルクラブ」オーナーのキム・ジナさんと交流を持ちました。私が旅行中にお店に行ったことで知り合い、数週間後に彼女がたまたま京都に来る予定があったので、kaninを訪れてくれたというのがいきさつです。

それをSNSに載せたところ、キム・ジナさんがかねてよりトランスジェンダーの方々に対し否定的な意見を公にしていたことから、その問題におけるkaninの立場を問いただすようなお問い合わせを複数いただきました。

 

恥ずかしながら、私は当時「フェミニストの中でトランス差別的な意見を持ちうる人々が居る」という認識がありませんでした。今となれば自分のあまりのナイーブさに穴があったら入りたいくらいですが、彼女と会った後に二冊目の著書『薔薇はいいから議席をくれよ』の該当箇所を読んでも、違和感こそあれ、意見の相違レベルの感想しか抱けないほどの解像度の低さでした。

 

私にとっては女性の権利を求める“フェミニスト”がトランス女性を別の属性とみなし、存在を否定し、攻撃するという事実は当時からまったく意味がわからない、受け入れられないことで、それはフェミニズムをとりまく現状を少し理解した今でも変わりません。

しかしトランスジェンダーの方々が、こんな過酷な状況に直面しているということを知らずに過ごしてきたことが正に、シスジェンダー女性である自分の特権性への無自覚だったと、今となってはわかります。

 

ヘイトを容認する書店ができたと知ったら、当事者は世界をより厳しいものだと感じます。

自分の不勉強により差別的なメッセージとも捉えられる発信をしたこと、彼女の書籍を一定期間販売したことで、誤解を与え傷つけてしまった方々へどのように説明し謝るべきか、悩む日々でした。

一度失った信頼を元に戻すことは困難なので、今後の選書や発信で根気強く姿勢を示していくしかないと思っていました。

 

そんな中この5月に、8月以来再びソウルに行くことになりました。迷いはありましたが、せっかくなのでまた彼女に会って、直接考えを聞いて来ようと思い、ウルフソーシャルクラブに向かいました。

「人の考えは変わることもある。過去の発言をもとに人の信条を決めつけてはいけない(=考えが変わっていてほしい)」という淡い期待もありました。

 


キム・ジナさんは相変わらずとてもフレンドリーに私を迎えてくれました(とても気持ちの良いいい人なのです。いい人でも差別をする、ということを身をもって知りました)。

私がその質問をした瞬間、彼女は持論を展開し始めました。考えが変わるどころか、より強固になっているようでした。トランスジェンダーを「イデオロギー」と呼び、(シス)女性の権利を脅かすものだという言説を延々と聞きながら、私は気分が悪くなってくるほどでした。私が拙い英語で反論しても、聞き入れる余地は全くなさそうでした。ソウル市長に立候補した経歴をもつ彼女、弁が立つ。私は次第に力を奪われ、反論することもできなくなってしまいました(ごめんなさい)。もちろん、最後まで聞いても私には到底受け入れられない演説でした。

帰りの空港から「私は違う立場であり、トランスの人々とシス女性の権利は決して矛盾しない」という内容のメッセージをなんとか送りましたが、そのことには触れない返事が返ってきて、対話のむなしさを感じました。

 

以上がkanin(というか井元個人)とキム・ジナさんをめぐる事の顛末です。説明できるまでに長い時間がかかってしまってすみません。これで終わりとは思いませんし、トランス差別を許容しない書店として信頼を回復するまで、少しずつ歩みを進めていこうと思っています。

私ほどナイーブではないにしても、インターセクショナルなフェミニズムの入り口に立った時、知らないが故に道に迷ってしまう人は多い気がします(と店に立っていても思います)。そんな方々の一助にもなればと、恥を忍んでこのブログを書きました。

複雑さを極めるフェミニズムの状況が、少しでも連帯の方向へ進むよう願います。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

今後ともkaninをよろしくお願いいたします。

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